気ままに生きよ

気ままに わがままに 自分らしく

カウンセリング始めます

食に関するカウンセリングを始めることにしました。


この場でもいろいろと食べものと身体についてのお話しをしてきました。
食事というのは日々のことで、何気なく済ませてしまいがちですが、身体に直結していて、毎日の生活から人生にまで、大きく影響するものです。
 
今さまざまな情報がありますが、そのぶん取捨選択も難しく、知っているからといって、健康になれるわけでもありません。
そして健康というのも人それぞれ、どういう状態でどういう人生を送りたいか、ということにより、目指す形が違ってきます。
 
私が大切にしたいのは、そのパーソナルな部分です。
あなたにとって、食事とは、健康とは、人生とは。
あなたが幸せになれる食生活、を見つけるお手伝いをしていきたいと思っています。
 
 
 

捨てた後悔

なんだか時代が変わって、ファッション傾向がずいぶんカジュアルに寄ってきた印象です。
ヒール靴もほとんど見なくなりましたね。

でもだから、着るものに困る、ということでは、私の場合ないのです。
むしろ、カジュアルは得意なほうだと思うので、どれも違和感なく着られてしまうと思います。
着られる服はきっと増えたし、普通に着るだけでいいので、今の流行りには得なタイプと言えるのかもしれません。
ただ、当人からしてみたら、変わり映えしなくてつまらない、という感覚になってしまうんですよね。

本当は、これ着てみたい!これ着て遊びに行きたい!好き!というテンションを求めているのですが、そういうものと、日常のカジュアル服とは違う、というか、違うからこそワクワクするというか。

昔は、そういう服があったのです。
今さらですが、捨てなきゃよかった、と思い出したりしています。
実際、こうやって後悔することもあるんですよねー。
思い切って捨ててしまうと。
でも、古い衣類には邪気が溜まる、ということも考えると、捨てる選択もやむを得なかった、と納得している部分もちゃんとあります。

過去を懐かしんでも仕方がないので、先を見るしかないのですが、しばらくワクワクは諦めて、得意なカジュアル服で最適を目指そうかな、と考えたりしています。


もったいないを手放す

せっかくやる気になったのに、欲しい洋服が見つからず、ステイ!状態の気分です。
でも、ないものは仕方がないし、今は買う時期ではないということなのか、私の好みを再精査する時間なのか、少し距離をおくタイミングなのかな、と思っています。

そうは言っても、気持ちは洋服に向いているし、なにかできること、と思って、ただでさえ少ない洋服を、さらに処分することにしました。

白Tシャツと、白セーター、白パーカー。
どれも、理性的に買ったもので、実はそんなに似合ってないとわかってはいたのです。
でも、これも捨てちゃうと本当に着るものに困るかもしれない、と思ったら、思い切れなかったのですよね。

ただ、やっと今回、着たいと思わない服は着ない、と決めたのに、着るかもしれない、と着たいと思わない服を持っているのもおかしな話。
もったいないという気持ちも含めて、手放すことにしました。

でも一応、シャツとパンツはあるので、外には出られます。
本当に困ることは、なさそうです。


新たな洋服の悩み

イメージコンサルティングを終えて、洋服についても着手しています。
タイプ的に、それほどかけ離れた感覚を持っていたわけではなさそうだったので、私は私の好きなものを着ればいいのかな、と思っています。ただ、TPOとの折り合いの付け方が問題ではありますが。

そんなわけで、まずは自分の好みに合うものをピックアップしてみようと、久しぶりにYOOXを見てびっくり。
全然、ピンとくるものに出会えないのです。
確かに、久しぶりで感覚が鈍っていることもあるかもしれません。
それでも、としつこく検索して、雑誌を見てみたりして思ったのは、私が無頓着だったこの数年で、世の中の主流が変わったのかな、ということ。

よくわかりませんが、近ごろはSDGsとかエシカルとか言われていることとか、抜け感、というのがキーワードになったりしていることなどが関係しているのかな、と思ったりしました。
なんだか全体的に、地味な、面白味のないものばかりになってしまったな、というネガティブな印象を持ちました。

ある意味、突飛な部分が少ないので、どれを選んでも周りから浮かない、というメリットはありそうです。
でも、どれも同じに見えて、これ、と思えるようなものもありません。

私が歳を取ったせいもあるのでしょうか。
流行は10年サイクルといわれると、ふたまわり分、経験していることになるので、今更目新しさがない、というのもあるのかな。
今の『流行』って、なんなのでしょうね?

これまでだったら、おびただしい数の服を見ながら、インスピレーションを得て、どんな格好をしたい、というイメージを持って、具体的に選択する、という手法をとっていたのですが、そもそもの感性に響く服がないので、ビジョンも湧いてこない状況。
これはまた、新たな試練です。

これまでは、着たい服とシチュエーションが合わないというジレンマだったのが、いざ、着てやろうと思ったら、着たい服がない、という状態。

これが、よく聞く中年の悩みというものなのでしょうか。
服が似合わない、というのとはちょっと違う気はしますが、母がよく言っていた「着るものがない」というのはこういうことなのかな、と思い出したりしています。

これはどういうことなのか。
街に出たら、なにかわかるかな。
もう少し調査が必要なようです。


偏愛宣言

イメージコンサルティングによって、お化粧を頑張るメリット、というのが私にはあまり大きくない、と思うようになりました。
もともと得意ではなかったので、それはそれで、安心しています。
でもいつもの習慣というか、憧れというか、やっぱりお化粧品情報というのは、気になって見てしまうんですよね。
そこで、ふむふむ。と思ったり、あーこれなら、と思ったり。
でもちょっと考えて、ふと、我に返る、みたいなことを繰り返しています。

情報として、よさそう、これなら使えるかも、買ってもいいかも、というくらいには思うのです。
でもあくまで、もし選べと言われたら、という、よくわからない仮定の話。
以前なら、そこでまた、どうする?買う?買ったほうがいい?とおかしな悩み方をしていました。

それが、今となっては、あ、私にはもう必要ないんだった、と思い直して、そこまでです。
もちろん、人並みの身だしなみとして、お化粧もしますが、あれこれ試したり、流行を追ったり、ということからは一歩引く感覚になり、世の中の消耗マーケティングから降りた感覚になりました。

そうなると、私の場合、食事に関することと、お化粧品。
この分野については、もう一般的な情報や常識というものが通用しないということになるのかな、と思ったりしています。
それを寂しいと思うか、合理的と思うか。
まあ、それでいいや、と思える人だから、降りられる、ということでもあると思いますが。

食事とお化粧品について、私は偏愛の人になりました。
と、宣言しておこうと思います。