気ままに生きよ

気ままに わがままに 自分らしく

満足感と理性

理性的であることももちろん大切ですが、それだけでは人生味気なくなってしまいます。
結局、満足感というのは感覚的なものであって、ならば、感覚的に満たされなければ、満足感というのは得られないんですよね。
理性的であれば、正解には近づけますが、感覚的な満足感とは、また違う分野なのかもしれません。
理性的であれば、失敗はしないかもしれないけれど、満足するとも限らない。
感覚的であるということは、失敗かもしれないけれど、満足感は高い。

私の場合、理性的に整っていれば、満足感も上がるはず、と思っていましたが、それは間違いだったのかも。

今は化粧品についてよく考えるのですが、自分の顔を分析して、必要なものを優先順位を考え、なるべくコストパフォーマンスよく揃えること、はとても理性的で無駄がなく、とてもよい方法だと思っていました。
でもそれだけでは、満足感が足りないような気がします。

失敗しないことと、満足すること。
どちらが大切かといえば、たぶん、満足すること。
満ち足りた気分で生きることのほうが、失敗しないだけの人生よりもずっといいような気がします。
そもそも、失敗とはなにか。
誰からみての失敗か、誰が失敗とするのか。

私の人生は私だけのもので、私が満足していることを、私は失敗と思うだろうか。
そう考えると、優先すべきは感覚的なものなのかもしれない、と思うこの頃です。