予感する
好きなことだけして、自由に暮らしたいなんて、なんてふざけた言いぐさでしょう。
学校の先生には怒られそうです。先生じゃなくても、世の中の大人は怒るでしょうね。
そう思うので、私も公には言いません。
でも、密かにそう思って、密かに実現しています。
これが、思いが実現するということなのかと思います。
働かなければならないと思えば、働く道を選ぶ。
働かずに生きる道を選べば、働かなくても生きていける。
働かない、という表現には語弊があるかもしれません。世間一般の給料をもらう働き方のことですね。
野生の鳥が餓死しないのだから、人だって生きるに困ることはないはずだ、という聖書の教えを思い出します。
そうは言っても、お金を稼ぐために仕事に就くのが当たり前、という世界しか知らない人間にとって、それ以外を想像するのはとても難しい。
私もそうでした。
特別な人でなければ無理だと思っていたし、自分はそうなれないと思っていました。
でも、どうして私ではダメなのか?
そう思う理由は?
私がそうなれない根拠は?
100%否定できないということは、少なくとも可能性はあるということではないでしょうか。
ここから、思考の枠を外す作業です。
可能性があるかないかと問われれば、ある。
いつ、どうやって、という予定がなくても、可能性としてはある。
それだけわかれば、充分です。
そこから、なんとかなる、という予感が生まれるのです。